- 2006-12-16 (Sat)
- Theater
そういえばデスノートの後編も見たな(テレビで前編やってた流れで)と思いつつ。
以降、ネタバレ注意な感じで。
良い意味で【期待を裏切らない】作品でした。
観客の年齢層も高め。
若い層はキムタクファンではないかと。
久しぶりに予定通りに話が進んでいく映画を観た印象で、何となく気持ち良かったです。
最近の傾向?だと、三村も死ぬような展開になるような気がするのですが、そんな事も無く。
王道という言葉が、ぴったり来ると思います。
男目線では、加世(壇れい)が○。
これまた、いわゆる日本女性を観たのも久しぶりな気がして。
この惑星の、この時代には、もはや絶滅した…と書くと怒られるかもしれませんが、もし存在しているなら紹介して欲しいですわ。
shunmi 的には【武士の一分】の解釈が問題になってきます。
これは、リンゴォ・ロードアゲイン(スティール・ボール・ラン)が言っていた【男の価値】に近い概念であり、エルメェス・コステロ(ストーンオーシャン)のスポーツ・マックスに対する【復讐】にも近い(エルメェスは女性だけど)。
『社会的な価値観』がある。
そして『男の価値』がある。
昔は一致していたが、その「2つ」は現代では必ずしも一致はしていない。
「男」と「社会」は、かなりズレた価値観になっている…
だが「真の勝利への道」には『男の価値』が必要だ…
おまえにも、それがもう見える筈だ…
単純化すると、名誉を汚された場合には、その汚した相手に対しては、殺人も許される―むしろ、そうする事が【けじめ】であり着けなければならない【決着】である、そんな概念だ。
果し合いや仇討ちが常識だった、当時としては、当然の概念なのだろう。
今では、その概念は失われ、逆にそんな事をすると罪に問われる。
だが、三村の行動に共感する者が存在するのも事実。
そうでなければ、この作品は生まれないし、映画にもならない。
あるいは、なったとしても、誰も観に来ない。
何が言いたいのか。
いや、別に。
この概念もまた、忘れていたモノの一つなのかと思っただけで。
「復讐」なんかをして、失った姉が戻るわけではないと知ったフウな事を言う者もいるだろう。
許すことが大切なんだという者もいる。
だが。
自分の肉親をドブに捨てられて、その事を無理矢理忘れて生活するなんて人生はあたっしはまっぴらごめんだし…あたしはその覚悟をして来た!!
「復讐」とは自分の運命への決着をつけるためにあるッ!
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